『ありのままに戻ることで心豊かな社会は再生する』
講師: 山田秀秋さん
現代は、物質的な豊かさや経済的な合理性を善きものとする社会です。 その価値観は、もはや空気のように目に見えないものになっています。
「化石燃料ではなく、再生可能エネルギーを使うようにしよう」といえば環境意識が高いメッセージととられがちですが、本当にそうでしょうか。 その再生可能エネルギーは、どんな設備で作られるのでしょう。 というか、化石燃料にせよ再生可能エネルギーにせよ、そもそもどうして電気なんてものが必要だと思っているのでしょう。
寝ている間に洗濯機を回せば、時間を有効に使えるから?…そうして時間を浮かせたいのはどうしてでしょうか。
食べ物を冷やしておくため?…冷やさなければ傷んでしまうようなものを食べようとしているのはどうしてでしょうか。
一見すると「必要」に思えるそれらの事がらのうち、私たちの「ありのまま」に根ざしているものはいったいどれほどあるでしょう?
こういった、現代において当たり前と思われている(というか “思われて” すらいない)価値観そのものについて、私の友人の山田秀秋さんが話題提供してくださいます。
当日は、なかなか他人と話せないような根源的な話題について議論できる機会になると思いますので、事前に少しだけ考えておくとよさそうな問いを、私なりに三つ挙げておきます。
前提そのものを検討したか
前提というものは、そもそも意識すること自体が難しいものです。
例えば「重病に罹らないためにはどうするか」とか「もしも罹った時にらどうするか」という問いは、死ぬことは悪いことだという前提に立っています。 「再生可能エネルギーを主力にするにはどうするか」という問いは、電気が必要という前提や、時間あたりにこなす仕事は多いほど望ましいという前提に立っています。 「少子化をどう防ぐか」という問いは、人口減少は悪いことという前提に立っており、その前提はさらに、今の社会の仕組みを維持しなければならないという前提にとらわれています。
大事なのは、それらを検討したうえで受け入れているのか、それとも検討の対象として認識すらできていないのか、という違いです。 これらの前提は、問題ばかりの現代の私たちの暮らしのすべてを形づくっています。
その恐怖や欲望は、本当にあなた自身のものか
近代以降に生まれた商品やサービスは、どれも広い意味での人間の恐怖に根ざしています。 代表的なのは「食えなくなる恐怖」「死ぬことへの恐怖」「他者から低く評価される恐怖」です。 広告とはつまるところ、これらの恐怖を刺激するようにできています。
「食えなくなる」とは、実現したい生活水準に対して収入が足りなくなることですが、そもそもその「実現したい生活水準」というもの自体、どうやってできたのでしょう。 私たちが自力で思い描いたものでしょうか。 画面や他者の暮らしぶりなど、事前に何かを見たのではありませんか。 他者の暮らしぶりだって、どんなものの影響をうけて出来上がったのでしょう。
さらに言えば、こうした恐怖を売ることで荒稼ぎしている企業もまた、食えなくなる恐怖に駆り立てられて動いています。 なんとも皮肉なマッチポンプです。
内面を見直すことなく、外界を変えようとしていないか
現代は「問題解決社会」です。 学校では問題解決能力を磨き、ビジネス界は問題解決(たいていはどうでもいいマッチポンプ)によって回っています。 その解決の矛先は、たいてい自分の外側に向かいます。
上達を目指す代わりに、道具を進化させて解決しようとする。 不快感を見つめることなく、ただちに取り除こうとする。 自らの至らない点を省みる代わりに、「困った振る舞い」をする人や政治を変えようとする。
それぞれ場面はまったく違いますが、共通するのは問題の原因を自分の外側に置き、その責任を道具や環境、他者に転嫁する態度です。 それぞれがそれぞれに他者や外界を変えようとすると、複雑な世界の出来上がりです。
三つの問いに共通するのは、前提や欲望など、自分自身の認知を直視しない態度です。
これらの問題提起は、必ずしも山田さんの視点と同じとは限りませんが、限られた時間の中で根源的な話についていくための事前準備としては充分に役立つと思います。
山田さんのお話をきっかけに、日々の生活を形作っているそもそもの価値観について考えてみませんか。
- 演題: 『ありのままに戻ることで心豊かな社会は再生する』
- 講師: 山田秀秋さん
- 日時: 2026年10月31日 13:30–15:30
- 場所: 二宮町町民センター 1階 老人クラブ室